カステラの話

ザラメたっぷりのカステラが好きだ。
茶色い部分に四角いザラメがぎゅうぎゅうに詰まっていて、囓るたびにジャリ、という音を立て、そのあとしゅう、と消えて無くなる砂糖たち。
フワフワのスポンジ部分とのコントラストが楽しくて、思わずもう一つ、と手を伸ばしてしまう。

ザラメがたっぷりのカステラに初めて出会ったのは、私が小学校一年生の時だった。
運動会に両親だけでなく、母親の妹も来ていたようで、お土産にどうぞと福砂屋のカステラをもらったのだった。
当時の私が家に帰ると、「カステラあるわよお」と親が声をかけてくる。カステラ、というものが明確にどんなものか当時の幼い私にはわからなかったが、母親がいそいそとカステラの封を開けると、甘い匂いがぷわんと部屋中に広がったので嬉しい気持ちになったのは覚えている。

はじめて食べた福砂屋のカステラは、ザラメたっぷりでスポンジ部分は甘さ控えめ。ジャリジャリとした食感、シンプルだが甘さの強いザラメ。
本当に美味しかった。

しかし、そこから私はちゃんとしたカステラというものを食べる機会に恵まれず、バイトや仕事を始めてからもわざわざ自分で買うこともなかったので、あのザラメたっぷりの食感を味わうことは全くなかった。


2018年の秋、職場に出勤するとドリンクコーナーに設置しているテーブルに可愛いお菓子の箱が並んでいるのに気づいた。
おお、なんだこれは、と思っていると、同僚が「フクサヤキューブだ!美味しそう」と声をかけてきた。
フクサヤキューブ?と聞くと、カステラの福砂屋知ってる?そのカステラだよ、と同僚は教えてくれた。

フクサヤ...福砂屋か! その時私はピンときた。
小学校一年の運動会から福砂屋のカステラに巡り合うことはなかったのだが、当時よく中目黒で遊んでおり、目黒川沿いに福砂屋の工場があるのをしょっちゅう目にしていた。もう大人になった私は、福砂屋=カステラの老舗、ということは理解できていた。

食べなよ食べなよ、と勧められ、私も一つカステラをいただく。
「あっ! ザラメだ...!」
カステラを口に入れるまで、私は小学生の時に食べたザラメたっぷりのカステラ=福砂屋ということを覚えていなかった。そうか、これが小学生の時に食べた、ザラメがたくさんあるカステラだったのか、と気づく。
一口を大きくしてしまったので、贈答用に小さく切り分けられたフクサヤキューブは半分しか残っていなかった。不覚...

そのときから、ザラメが多いカステラに改めて感動した私は、たまにデパートで福砂屋のカステラを買うようになった。
そして2019年春、偶然にも、カステラを銘菓とする長崎に出張することが決まったのだった。

***

長崎に出張することになったのは、4月の下旬、絶妙な暖かさが道を明るく照らす春真っ盛りの時期だった。
当時の上司と二人で即売会の手伝い(当時はこんな社会情勢になるとは一ミリも思ってなかったな)で長崎にすっ飛んだ。

偶然にも当時頻繁にカステラを食べていた私は、長崎への出張が楽しみで仕方なかった。なんてったって、長崎の銘菓はカステラ一択と言われるほどだ。いや、カステラ以外にはちゃんぽんと角煮まんじゅうしかご当地名産品がないのか…?
福砂屋、文明堂という関東でも買いやすいものから、もちろん長崎にしかないカステラの銘柄もたくさんあるそうだ。
私はSNSで出張1ヶ月前から長崎のおすすめ名産品を聞いて回っていたが、皆、口を揃えて「なんにもないけどね」と言っていたことは忘れたくても忘れられないのだけど。

出張の内容は特におもしろいハプニングやイベントがあったわけではないので、割愛する。
ひとつ言えるのは、長らく立ち仕事なんてしていなかった私には、一日中立って接客するのは大変応えたということである。


さて、カステラだが長崎滞在中に3つほど購入できた。というか意外と時間がなく、それくらいしか買えなかったことが悔やまれる。
買った銘柄は、琴海堂、松翁軒、和泉屋の3つ。

まず、琴海堂。このカステラは3つの中でも群を抜いてしっとりしている、というか重たい食感である。甘さは普通かな。長崎の老舗カステラ屋だそうだが、なんとなく昭和の香りがするのもわかる気がする。おばあちゃんの家とかで出そうな感じ。
上司にも協力してもらって食べたが、まあ半分でもお腹いっぱいになる。カロリーがとても怖い。そのせいでちゃんぽんもたくさん食べることは叶わなかった。それくらい重たい。ザラメは中程度。つまり福砂屋には及ばない。

松翁軒、これは先ほどの琴海堂に比べると生地はふんわりしているように思えた。確かにレビューを調べてみると軽めの食感と評している記事が多いような気がする。
反対に、甘さは琴海堂に比べるとちょっとねっとりしているというか、コクがあるように思える。こちらもザラメはそこまで内容に思えた。こちらは最初から切り分けられているので、食べ過ぎなくて済む。

最後の和泉屋だが、これは帰りの飛行機で上司と食べた。
そのシチュエーションのせいなのか、大変残念なことにザラメが全て溶けていた(!)。
なんて悲しいこと。飛行機の中で上機嫌だった私が、カステラの裏側をみたときに悲しい顔をしたので、上司はひたすらウケていた。ベストな状態で食べたらザラメの主張が激しかったのだろうか?溶けた穴ぼこをみると、割とザラメの量が多いような気がする。
ショックのせいであまり味を覚えていないが、特徴をつけがたいと言うか、プレーンな味がした。だからなのか、和泉屋のカステラは種類がとても豊富だった。チョコがけカステラや、カラフルな味別のカステラも多く、長崎県内のバスや電車でもよく広告を見かけた。


総評すると、実は関東でも気軽に買える福砂屋の方がザラメが多いことがわかった。勝手に総本家、長崎のカステラの方がどっさり入っているのでは?と思ってしまったが、ブランドによって様々である。いや、当たり前か…

こんなツイートが回ってきたことがある。
https://twitter.com/finyozaert/status/1286701457337495555
確かに、私もこのクロスレビューのような感想を覚えた。結構前の話だから確信は持てないけれど。
わざわざ長崎に行ってわかったが、私の好むザラメたっぷりのカステラは福砂屋だったじゃないか、と思った。
けれど、このツイートをみると「長崎堂」のカステラは結構ザラメが入ってそうだ。しかも、めっちゃ甘そう。

次回、長崎にいく機会ができたら、何が何でも手に入れようと思う。それがいつになるかはしらないけれど。
(オンラインショップで購入すると、ザラメがいなくなっていることが多かったので、それはできない。できないのだ)