愛しのミールス

南インドの主食の一つ、カレー定食の「ミールス」に魅了されてから結構経つ。カレー自体は特段好きでも嫌いでもなかったが、このミールスの魅力には非常に抗い難く、提供している店を見かけると居ても立ってもいられず突撃してしまう。気軽に外食がしにくくなった現在だからこそ、未だ気になっているが行けていない南インドカレー屋はたくさんあるが、数少ないチャンスを逃すものかと友人とのランチにはミールスを選ばせてもらうこともしばしばある。

そもそもミールスとは。
ミールスとネット検索すると、「主に南インドで提供される複数のカレーと副菜、米で構成された定食」と言う表現がされていた。シンプルな説明といえばそれまでなのだが、そもそも、本来インドカレーというものは北インド南インドで大きな違いがあるということを私は知らなかった。
とはいえ私はそこまでインドカレーに詳しいわけではないので、話半分に聞いてほしいのだが、たしかにナンと一緒に食べる北インドカレーと、バスマティライスなどのインディカ米と食べるミールスは方向性が全くと言っていいほど違う。

インドカレーと聞いて、多くの人が想像するのは北インドカレーだろう。バターチキンカレーやサグチキンカレーなどに代表されるような、粘度が高く辛みもしくは甘味が強調されたカレーと、バター、ギーたっぷりのナンを一緒に出される。甘さの強いナンと油分たっぷりのバターチキンカレーは非常に相性が良い。有名チェーンだと、ターリー屋というナンを無限に勧めてくる(これはどのインドカレーチェーン店も一緒か)リーズナブルなインドカレーチェーンに入店した人も少なからずいると思う。

対して、南インドカレーの中のミールスという形式で出されるカレーは、非常にサラサラとした、イメージ的にはスープカレーを彷彿とさせるようなものだ。あと、これは私が食べてきたものがそうなのか、私が辛さに強いのかわからないが、ミールスについてくるカレーは辛さというよりは酸味やスパイスの刺激が強いものが多いと感じる。

ミールスは欧風や日本の家庭料理で出てくるようなカレーライスと少し勝手が違う。自分自身そこまで気にしたことはないが、一応食べ方は定まっているらしい。東京都内にいくつかある、ミールスで有名な南インドカレーの「エリックサウス」が食べ方について説明していたので載せておく。

blog.livedoor.jp


簡単に記載すると、

1、カレーやサンバル(カレーとスープの間のような汁物)、ラッサム(私はこれをインド版味噌汁だと思っている)をそれぞれライスにかけて楽しむ
2、パパド(豆をすりつぶしてあげた薄い煎餅のようなもの。大好き)やヨーグルトをかけつつ味変を楽しむ。
3、全ての汁物をライスにかけてまぜながら食べ切る。

という感じだろう。

実は、ミールスの虜になる前に一回だけ、前述した「エリックサウス」に訪れたことがある。その当時アジア料理全般がそこまで好きではなかった事や、そもそも食べ方がうまく伝わらず普通のカレーライスのように食べてしまったため、あまり好みではないと感じていた。「エリックサウス」では親切にも、硬めで水分が少なめのインディカ米(バスマティライス)ともちっとしたターメリックライスの2種類のライスをミールスにつけてくれていた。ターメリックライスはほぼほぼ完食は白米と変わらないが、バスマティライスをはじめとするインディカ米はそのまま食べるとパサつきというか、モロっとした食感のため、想像していた「米」とはかなり異なるものであった。
私個人としては食べ物の食感が受け入れられるかどうかはとても重要なことだった。なので、また食べたいと思うことは正直しばらくなかった。

しかし、インディカ米、とくにバスマティライスのその感触はミールスで提供される汁気の多いカレーなどに合わせた「その食感であるべき」ものだったことを後々知ることになる。


今年3月、まだ少し肌寒い季節、私は人と一緒に西荻窪の地でランチを探していた。同行者はアジア料理が好きな人物であることと、西荻窪が中央線の中でもアジア料理店が非常に多いことから、「今日のごはんはアジア料理かな……」と察していた。この同行者とたびたび食事を取るようになったおかげで、以前よりはアジア料理の中で好きな店や料理が出来つつあったので、今回の店選びは任せることにした。

そして提案されたのが、西荻窪の駅すぐの「大岩食堂」であった。

https://oiwashokudo.jimdofree.com/

その時の感想をリアルタイムで書いた日記はこれ
この店のミールスのすごいところは、ラッサムの清涼感だ。セロリかパクチーか、どちらにせよえぐみの強い薬味を使っていることに間違いはないと思うのだが、そのえぐさを全て取り除いて爽やかさだけを残した風味がとてもいい。パクチーのえぐさが苦手な私でもぐいぐい飲める汁物だ。「大岩食堂」でミールスの美味しさと美しさに感動してから、未開拓だったアジア料理を掘りつつあるが、パクチーの強さも店によってだいぶ違いが出ることに気づいた。パクチーの量というよりは、パクチー自体の味に差が結構出る。
いちばん強烈だったのは、現地の方が営むパキスタンカレー屋のパクチー。あれはすごかった。

バスマティライスの食感に話を戻すが、この「大岩食堂」に行ったことによって私がミールスの食べ方を間違えていたことに気がついた。
欧風や日本風のカレーライスを食べるとき、なんとなくぐちゃっと混ぜて食べるのが苦手で、米の上にルーを乗せるようにして食べていた。硬めのカレールーと粘り気のある白米だからこそその食べ方でも美味しくいただけていたのだが、粘度低めのミールスのカレーと硬めのバスマティライスだとうまくカレーと米が混ざり合わず、擬音でいうと「ポソポソ」みたいな食感になる。これはそもそもミールスというものが、南インドではルーも米も混ぜて食べてしまう、なんていう食べ方のため、それに合わせた米の固さにしているのだ。混ぜて食べると、ライスの硬さとカレーのみずみずしさがマッチして、スパイスの風味がはっきりわかるような気がする。
たしかに白米のような粘り気のある米に混ぜても、なんだか違うのだ。あの日食べたミールスの美味さには及ばない。

あれもこれも、カレーが運ばれるまでに暇潰しで見ていた「大岩食堂」のメニュー表にあった、ミールスの食べかたをみていなければ気づかなかっただろう。と同時に、「エリックサウス」の食べ方もしっかり目を通していればもう少し早くミールスの美味さに気づけたのかもしれない。
その後、「エリックサウス 八重洲店」に訪れてミールスに再チャレンジしたが、まあ美味しかった。南インドカレーを避けてきた数年を取り返して欲しい、過去の自分。