横浜、黄金町の記憶

横浜に生まれ、社会人になるまでずっと実家暮らしだった私にとっては、当時の住民票に刻まれている「横浜市」という三文字はすでに見慣れた文字列だった。
でも、実はあまり横浜市内には詳しくない。言葉にできないのだけど、私はこの横浜という街がなんとなく苦手だった。小洒落た街並み、ずっと改装中の横浜駅(今はすでに改装完了したのだろうか)、ニュータウンの簡素さと横浜駅西口の雑多な印象。そのどれもがなんか嫌な気持ちにさせるから、横浜市を毛嫌いしていたところがある。学生時代遊んだ場所も、横浜より都内の方が多かったと思う。

なんか嫌なんだよね。
私が横浜のことをそう言った時に「そうかな〜」と不思議な顔をしていた高校の頃の同級生は、神奈川の大学に進学し、そのまま横浜で就職して東横線沿いに住んでいる。すごいことだ。

横浜と言っても、私が住んでいた街は県外の人が想像する横浜然としているものではなく、横浜の内陸、結構田舎の方。ザ・田舎!というわけでもないク繁華街が近くにありもしないが、住宅街しかないので田んぼや商店街もなかなか見ることができない。住宅街と申し訳程度の自然しかない「死んではないけど瀕死の街」に住んでいたので、学生時代の私は娯楽をあまり知らなかった。さらに友達が多いタイプでもないしアウトドアでもないし流行も何もわからなかったのでずっと家にこもって絵を描いていた。だから、横浜の事なんてよく知らないしわからない。今となっては少し惜しい。

そんな横浜市の中で一時期自分の意思で通っていた街がある。黄金町(こがねちょう)だ。
横浜駅から京浜急行に乗り換えて三駅ほど。駅から降りると殺風景な街並みとどでかい道路が広がる。すごい。地元より何もなかった。駅から見えるのは「無」だ。街が死んでるかどうかもわからない。当時私には黄金町に住む知り合いがいた。私よりすこし年上の人間だった。専門学生だった私は相談事があると、実家にまっすぐ帰らず黄金町に寄ってその人と話をすることにしていた。

黄金町に訪れていた時間帯が大体夕方ごろだったせいもあるかもしれないが、黄金町は慣れるまでなんだか不思議な、ふわふわとした不安定な雰囲気がある街だなと思っていた。それを黄金町在住の知り合いに言うと、「この街はあんまり治安が良くないからね」と言っていた。昔の黄金町については普通に調べることができるのと、SNSでセンシティブな街の事柄に触れるには知識がないといけない、ということを最近第三者目線で思ったし、今回書きたいのはそういった話を深く掘り下げたいわけではないから割愛する。

黄金町で印象に残っているのは、大岡川沿いの桜と、野毛山公園という神奈川によくみられる高台の公園の二つ。

大岡川沿いの桜は、すごく奥ゆかしい桜だ。少し前に、中目黒の目黒川沿いへお花見することがよくあったのだが、あそこの桜に比べると街の雰囲気も、桜の印象もだいぶ違うように感じた。どちらも同じ川沿いの桜なのに。黄金町の桜は、なんだか一人で見たくなる。結構長い距離に渡って桜並木が続いているが、なんだか優しい印象を受ける。
わたしがしっかりその桜を見たのは2回。知り合いの家から帰る時と、知り合いが黄金町を出ることを教えてもらった日の散歩している最中だった。どちらも少しノスタルジーを感じる瞬間に川沿いの桜が目に入っていたからか、黄金町の桜並木はどうしてもさみしさを思い出す。

そして、野毛山公園。これは少し黄金町駅から歩くので、もしかしたら厳密には黄金町の公園とは言えないかもしれない!
ここにはよく来ていた。黄金町在住の知り合いとも来ていたし、共通の友人がいたので、三人で野毛山公園内にあるセブンティーンアイスを舐めながら日が落ちるのを眺めたことがあった。
この公園には小さな展望台がある。公園の大きさからすると小さく感じるのだが、、登ってみると黄金町周辺の住宅街が一望できる。神奈川は本当に坂が多い。この展望台に登るといつもそう感じていたし、共通の友人が初めて登った時に「ここ、高すぎる」と急に恐怖に陥っていたのは割と面白かった気がするのを覚えている。いくつも並ぶマンションや一戸建てを眺めながら、この一つ一つに人たちが住んでいるんだなあ、と思うと何故か感慨深かった。

社会人になって、知り合いが黄金町、そして横浜の地から引っ越すことになって普通に疎遠になった。正直その知り合いと何を話していたかはちゃんと覚えてないけど、代わりに黄金町のあのふわふわとして、カラッと乾いた灰色の街並みはいまだに思いだせる。しばらくして会社の同僚に黄金町付近で学生時代アルバイトをしていた人と出会った。そう多くは黄金町の話をしていないけど、大方私とおんなじような気持ちを黄金町に抱いていた。

少し前にその元・同僚(私は最近転職してしまった)にあってなぜか黄金町の話を少しすることになった。そのままの流れで、最近の黄金町のことを二人で調べることにした。
黄金町は少しずつ変わっていた。アートの街にする、という志はたまに行っていた当時から変わらないようだけど、その試みも進んでいるようで結構面白そうな展示や街並みが広がっているようだ、ということがわかった。
「なんか、よさそうだね!」と美術館が好きな同僚が興味を持っていた。そうだね、なんか、良さそうだよね。と私もそう思った。

いろいろな歴史がある街だから、一つの面を切り取って評価することはとても難しい街だと感じる。ましてや私は実際に生まれ育ったわけでも、住んでいたわけでもないので、リアルな話をすることはできない。でも、私の中でいえば、その地で育ちつつもなんとなく苦手だった横浜の中でも少し興味がある地域だった。
歴史を内包したまま、進化しようとしている黄金町。この状況が収まったら、いつか行けたらいいなと思っている。