そういえばの連続

なんか急に昔やってたコールセンターの仕事のことを思い出してしまった。三年働いてたけど、コールセンターで身についたことといえば、仕事上の電話に嫌悪感が無くなったことと、どんなにきつい方言で喋られても聞き取れるようになったことだけだ。三年間ふらついてた時間の代償の方が大きいのかもしれないとまで思うが、一時期天職とさえ感じていたのでそれなりに楽しい仕事だったのだろう。

働いていたコールセンターはかなり小さい規模感の事務所で、社員とバイト全て合わせても30人いれば多いほうだったと記憶している。コールセンターの社長はバブル期の遺産と言えるような人間で、無自覚のセクハラ、パワハラをバイトたちに日々繰り出しているオートマチック・カス人間だった。ワンマン社長ならではの士気の上げ方やクレーム処理と会社経営のセンスはあったと思うけど。
私も社長に雑な言葉を投げかけられていた方で、タバコを吸えば「柄が悪い」と言われたり、口紅が濃いだの、腹が出てるならそんな服は着るなだの、痩せてガリガリになれば「おまえ、上半身男みたいになってるぞ!(胸がないって言いたかったの?)」と言われたり、散々な有様だった。
一時期、めちゃくちゃ美人な大学生が入ってきて背中が大きく開いている服を着てきた時があった。流石に私も仕事中チラチラ見える背中を気にしながら「背中まで綺麗なんてすごいなあ」とぼんやり思っていたのだが、目の前にいる社長からラインが来た。

「〇〇ちゃんの背中が眩しいので隣の部屋で休んどきます。あとは頼みました」

めちゃくちゃキモくて笑ってしまった。わざわざ私に言うなと思いながら見送った、のそのそ部屋を後にする背中が忘れられない。

***

コールセンターで働くバイトに一人、40すぎの(多分)よしもとの(多分)芸人の男がいた。滝田さんという(仮名)。
滝田さんはアフロのようなチリチリの頭をもつ人間で、一時間ごとにはいる10分休憩で近くのコンビニまで行ってジャンプやマガジンを必ず立ち読みする男だった。休憩のうちにタバコ一本吸って戻ってくるのすらギリギリなのに、よく歩いて数分のコンビニまで行って立ち読みできるよな〜なんて思っていた。

その後私はコールセンターを辞め、そのコールセンターから五分も離れていないWeb系の会社に転職をした。近場で転職した割にはコールセンターの人間とすれ違わなかったのだが、滝田さんだけはたまにすれ違って挨拶をしていた。
ある時転職先の同僚と近くのコンビニに行っている途中だった。

「なんかここのコンビニなんですけど、毎日立ち読みしてるアフロの男の人いません?」

滝田さんだ、と私はすぐ気づいた。その同僚がコンビニに行く時間と滝田さんの休憩時間がかぶるのか、ここ数日毎日その男を見かけるようだった。自分の前職にいた同僚がまさか転職先の人間に話題にされると思わなくて思わず笑ったし、その人は毎日どころか一時間ごとにそのコンビニで立ち読みしてるんだよ、と思った。

ふと気になったのでそのコールセンターを調べたら、渋谷の桜丘町にあったのが今は移転して道玄坂の方に事務所があるようだった。儲かっているということだろうか。
今はあの古いマンションの一階でタバコを吸う人間たちも見ることはないのだろう。

***

ちょうどそのコールセンターで働いていた時に一人暮らしを始めた。駒澤大学の7万円のアパートだった。
本当は中目黒に住む予定だったのだ。一人暮らしをするタイミングで親戚のツテで中目黒のマンションを紹介されていたのだ。その親戚が持っている物件で、中目黒徒歩八分ほどの1DK、まあまあな高級マンションを格安で貸し出そうかと連絡があった。一人暮らしをするなら田園都市線東横線で探していたので、こんな話はめったにないと話を持ちかけられた時には二つ返事で了承していた。中目黒の1DKなんて10万以上はしただろう。もしかしたら20万いってもおかしくなかったかもしれない。そんなところを数万円で貸し出してくれるなんて、私はかなり浮かれていた。

さあやっと一人暮らしをする日を決めるぞ、と言うタイミングの出来事だった。親戚から連絡が入る。
マンションの話だが、なしにしてくれと言うものだった。私は驚愕した。なしに!?
その連絡は話を持ちかけられて内見を終わらせて契約をしましょうと言うタイミングだった。わけを聞くとその親戚のもっと近しい親戚(私からみるとはとこ?いとこ?くらい)がどうしてもそこに住みたいとだだをこねたらしかった。年齢を聞くと26歳、その当時私は21とか22だった。おいおい、そこは金銭的に余裕のない若者に譲ってくれよ、と落胆の気持ちを隠せなかった。しかしそうやって連絡してきたということはもうその親戚に譲り渡すことが決まっていると言うことだ。やりきれなかった。

そんなこんなで私は中目の高級マンションに住むことは叶わなかった。当時、その親戚と同じ年齢になったらそのレベルの場所に住めるのかなあ、と思っていたが、その年齢を越した今でもそんなランクの場所に住める気はしない。
友人や職場の人間にはあまり話していなかったのが幸いで、特にあのコールセンターの社長に中目に住めるといいふらしてなしになったとなったら、しつこく浮かれていた自分をいじられていたのだろうと思う。嫌な話だ。